2015年7月23日の東アジアカップ2015に出場した
サッカー日本代表メンバーに初選出されたのも
記憶に新しい倉田秋選手。

実は私の推しメンならぬ
『推し選手』なのです!

今後の展開が期待される倉田秋選手ですが、
彼はなぜ今注目を浴びているのでしょうか?

今回はガンバ大阪の倉田秋選手を一押しする私が
徹底的に解説していきたいと思います!

それでは早速行ってみましょう!


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倉田秋のプロフィールや出身中学・高校

倉田選手は高槻市立清水小学校の出身で
1995年から2000年はFCファルコンという
市内のクラブチームに所属していました。

ちなみに筆者の私は
倉田選手の出身小学校と近い
川西小学校の出身なんです!
(わたしの個人情報もどうそw)

中学は高槻市立第九中学校で、
2001年から2003年は
ガンバ大阪ジュニアユースに所属していました。

そして筆者の私は
高槻市立第二中学校の出身なので
これまた近いんです!
(またわたしの個人情報もどうぞw)

高校は大阪府立芥川高等学校に進学し
2004年から2006年はそのままエスカレーター式に
ガンバユースに所属していました。

さらに筆者の私は
大阪府立阿武野高等学校の出身なので
高校も倉田選手と近いんですよ!
(またわたしの個人情報もどうぞ!)
3度目はいらないですよねw

私が倉田選手を推し選手にしているのは
小中高と学校が近かったというのもありますが
それだけではなく、
倉田選手は88年生まれで、私は86年生まれ。

しかも私もサッカーをしていて
ガンバ大阪ユースの頃の倉田選手と
対戦をしているのです。

なのですごく親近感があって
倉田選手活躍をみるとワクワクするんですよ。

余談ですが
高槻市周辺を北摂エリアといいますが

北摂エリアのは知る人ぞ知る
『本田圭佑』選手の育った地域でもあります。

同じ地域からプロサッカー選手が複数出ているのは
サッカーをしていた私にとってうれしい事です。

そしてここからはプロ経歴です。

2007年にガンバ大阪に所属。
2010年にはジェフユナイテッド市原・千葉へ
レンタル移籍をします。

さらに
2011年には同じ大阪のセレッソ大阪にも
レンタル移籍をします。

大阪ダービーの時は、自分が育ってきた
ガンバ大阪と対戦するので、
なんとも言えない気持ちだったでしょう。

セレッソ大阪ではJ1で初得点を決めると
低迷するセレッソ大阪で地道に得点を重ね、
最終的にチーム内でトップタイ記録の
10得点を挙げる活躍をしたのです。

本当プロの底力ですよね。

そして2013年にガンバに復帰します。

2015年7月23日に遂に
東アジアカップ2015に出場する日の丸を背負う
日本代表まて成長したのです。

わたしは倉田選手は
本当に努力の人だと思います。


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年棒はいくら?成績から予想!

2011年の時点では1500万円
あると噂されていました。

2012年になると2200万円まで跳ね上がり
2014年にガンバ大阪での活躍があり
3300万円まで上がりました。

2015年になるとガンバ大阪で怪我の影響もあり
3500万円に止まりました。

しかし日本代表になったこともあり
2016年にはガンバ大阪で
4000万円にアップしました。

気になるのは2017年の年収です。
今シーズンの安定した活躍を魅せているので
わたしの予想は2017年は4700万円まで
上がるでしょう。

個人的にも上がって欲しいと思います。

プレーの評価や性格について

わたしが言えた立場ではありませんが、
倉田選手は本当に努力の人だと思います。

華麗に相手を翻弄する得意のドリブルと
あの中村俊輔選手と比較できるほどの精確なパスで
ゴールをアシストする攻撃的MFです。

サッカーは集中するとボールしか見れなくなる中
倉田選手はピンチの時でも周りをよく見えているので
落ち着いていて冷静なプレイヤーだと思います。

さらに努力を重ねて、より注目を集める選手に
なるでしょう。

まとめ

倉田選手についてついつい熱が入り
絶賛してしまいました。
執筆のわたしと住んでいた地域が
近いことから身近に感じていました。

あなたもぜひ努力家で
センスのあるプレースタイルの倉田選手を
注目をし続けてはいかがでしょうか。

さらに実力が開花し、
このまま海外へ羽ばたいてほしいですね。