大阪にある公園といえば
どこが浮かびますか?

大阪近辺に住んでいない人は
なかなか浮かびませんよね?

浮かぶとしたら、
天王寺、大阪城付近などに
ある公園でしょうか。

数ある公園の中に、
靭公園」という公園が
大阪靭本町にあります。

名前も難しく、読みづらい、
どんな公園なので、
由来は何かあるのか。

また、場所はどこなのかと、
気になることがたくさん
ありますよね。

そのあたりを少し調べてみました。
知る機会になれば幸いです。



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靱本町、靭公園の場所はどこ?

靭本町にある靭公園は、
大阪市西区にある
都市公園です。

大阪市営地下鉄四つ橋線本町駅
大阪市営地下鉄中央線・千日前線
阿波座駅が最寄り駅になります。

この辺はビジネス街という事もあって
治安もそれなりによく
街自体が明るい感じなんですよね。

その中にある靭公園は、
東西に細長い敷地を持ち、

狭い大阪の特に土地がない大阪市内にあって
約9.7haほど面積を持つ
大きな公園となっています。

靭公園の雰囲気

公園の中央には南北に通る
なにわ筋で東園と西園に分かれていて

テニスコート、バラ園がある
落ち着いた雰囲気。

公園の周りにはカフェなどもあって
なかなかおしゃれですよ。

自然が少ないと言われている大阪市内で
これだけの緑を満喫できるなら
家族連れが多く訪れそうですね。

「靭」という名前の理由は?

そもそも、この土地はなぜ「靭」
というのでしょう。

「靭」というのは、
別名「矢巣(やす)」といい
矢を入れる道具という意味だそう。

豊臣秀吉が、町で「やすいやすい」
と、商人が魚を売っていたのを

洒落で
「やすとは靭(矢巣)のことだ」
言ったのが由来といわれています。

一言洒落を言っただけで
それが地名になるなんて
さすが、天下統一を果たした
太閤さんですね(笑)

「靱」の歴史

靭という名前の由来はわかりましたが

そもそもなぜ魚商人が
この地にいたのでしょう?

それは江戸時代にさかのぼります。

この場所は、
雑喉場(ざこば)魚市場
および靭塩干魚市場
跡地にあたります。

雑喉場魚市場は大阪湾などからの
鮮魚を扱うことにより
繁盛していた市場で、

靭塩干魚市場は海部堀川沿いで
干物や肥料にする干鰯などの
海産物を全国から集めていた
市場だったそう。

これだけの規模の魚市場が
二つもあったことで

豊臣秀吉は、
ここの町民や商人を
非常に大切にしていたと
いわれています。

魚市場に訪れていたのも
そのせいなのでしょうか?

それだけ自分たちを
大事にしてくれていた秀吉に
「靭」と名づけてもらえたことは

この街の住人たちにとって
嬉しいことだったのかも
しれませんね。

靭公園ができるまで

靭公園は今はなにわ筋によって
分かれていますが、以前は
くっついていて長方形の姿でした。

それが1945年の大阪大空襲で、
一面焼け野原となり、
靭飛行場になります。

戦争末期に陸軍がこの
飛行場を作ったという説も
少数あるようですが、

おそらく
戦後米軍が作ったんじゃないか
という説の方が有力なんだそう。

約3万坪を占領軍の常用飛行場
として使われていたわけです。

細長いこの場所は
飛行場にはちょうどよかった
のかもしれませんね。

返還から靭公園開園へ

そして1952年講和条約発効から
2ヵ月後にこの飛行場は、
大阪市に返還されたようです。

戦災復興土地区画整理事業によって
1955年今の靭公園が開園され、
1959年になにわ筋が敷設されました。

1990年代からは公園の周りも
発展し、ファッショナブルな街に
なりました。

バラ園では、屋外結婚式も行われたり
するようで、都心ならではの
雰囲気になってきています。

まとめ

という事で今回は
靭公園について
名前の由来や歴史を見てきました

魚市場があったとは
驚きですよね。

飛行場があったということは
多くの方が知っていたかと
思いますが、内容は深いですね。

秀吉によってつけられたと
思われる地名。
占領軍の飛行場。

そして今では管理された
すばらしい公園になっています。

歴史を感じながら、靭公園
を始めとした靭本町近辺を
訪れてはいかがでしょうか。