大阪ミナミを代表する都市、難波。
道頓堀や心斎橋など
最近では観光地としても人気の場所ですが、
そもそも難波という地名がつけられた由来はなんなのでしょうか?
「難しい波」と書くので波に関係があるのでしょうか。
また、難波と書いて「なにわ」と読んだり
そうかと思えば「難波」でなく「浪速」と書いてみたり。
いろいろと複雑ですよね。
今回はそんな「なんば」について
徹底解剖していきたいと思います!
難波と浪速は同じ由来?
地名としての「難波」の由来は
ウィキペディアによると
もともとあった「難波村」という地名から来ているそうです。
「難波」表記の地名
なるほど、村名が由来なんだ。では納得できませんよね?
難波村の「難波」の由来は何か、
そこが一番気になるところです。
で、調べてみると諸説ありまして、
一つ目の説を見ると、
なんと古事記までさかのぼります!
古事記に記載されている名称は
「浪速」と書いて「なみはや」と読むそう。
”区”としての表記は「浪速」
今でこそ一面が平地になっている大阪ですが、
古くは「水の都」の名の通り
川や水路が張り巡らされていました。
それらの川は流れがとても速く、
波(浪)が速い→浪速(なみやは)
と呼ばれたのが最古の地名だと言われているそうです。
大阪北東部に住んでいる方は
「なみはや」と聞いてピンときたんじゃないでしょうか?
そう、門真市にある総合体育館
「なみはやドーム」のなみはやです。
古事記の時代の名前が今も生きていると言うのはちょっとした感動ものですね。
その「なみはや」が「なにわ」となまり、
さらに「なんば」となまったという説がひとつ。
昔は難波近くで魚が取れていたらしい
もうひとつの説は
同じくこの土地に川が多かったことと関係しますが
昔は魚のことを”ナ”と呼び”ナ”がたくさんいる”庭”(広い場所)
で「ナ庭」→「ナニワ」と呼ばれるようになった説です。
ここでもやはり「なにわ」→「なんば」となまったとのことなので、
どちらにしても言葉が変化したことに変わりはないようです。
しかし、この説ですとなぜ「魚庭」ではないのかがしっくりきません。
色々調べましたがそこに触れている資料が見当たらなかったので、
さらに調査が必要です。
浪速がなぜ難波に?
さて、ここで「なにわ」が「なんば」
になまった説は有力だということはわかりましたが、
もうひとつ不思議なのが「浪速」を「難波」と表記する理由です。
両方の漢字を見てみると「浪が速い」「難儀な波」と
意味としては似たようなものなので
両方が使われていることは理解できないわけではありませんが、
なぜ同じ読みで二つ漢字があるのか。
その理由となりそうなのが
1960年に発見された
「難波の宮」(なにわのみや)です。
「日本書紀」にその名前が記載され、
天皇の宮殿が配置された
最古の首都ではないかと言われる
「難波の宮」
現在大阪城のすぐ南にその跡が存在していますが、
この都の表記が「難波」なのです。
同じ時期に発行された書物で
すでに「難波」と「浪速」の二つ書き方があったということですね。
当初は「難波」と書いて「なにわ」と読まれていましたが
その後漢字の読みのとおり「なんば」とも読まれるようになって
この二つが混在し、今に至るという経緯がありそうです。
まだまだ掘り下げられそうな「なんば」の由来。
さらに追加の情報がありましたら再度まとめて記事にします。
歴史の深い大阪の街には他にも多くの面白い地名があるので
一つ一つ調べていきたいと思います。
[…] SEYANAさんのサイトでちょっと詳しく調べておられるようです。 […]